東京高等裁判所 昭和41年(う)2359号 判決 1966年12月26日
主文
本件控訴を棄却する。
理由
<前略>
弁護人の控訴の趣意第一について
所論は原判決は、原判示第一の(二)において、被告人が早稲田大学第二号館に不法に侵入したと認定し、刑法第一三〇条を適用したが右は事実を誤認したか、法令の解釈適用を誤つたものである。すなわち、右第二号館の地下にある〇二教室は、法学部自治会室の隣りにあるという位置的な関係もあつて、従来も全学連中央闘争委員会、早稲田祭実行委員会、メーデー実行委員会等の学生運動の集会に利用され、時には貸布団を借りてきて泊り込むこともあつたのであり、また全国自治会代表者会議(全自代)や全都自治会代表者会議(都自代)などのときには、早大以外の学生も多数〇二教室を利用したのに、右各使用にあたり大学当局から警告を受けたようなことはなかつたのであり、したがつて、同大学内部の学生によると否とを問わず、学生運動の必要のために第二号館内に入り〇二教室等を使用することは、広く大学当局から是認されていると考えられていたのである。大学当局が、予め使用目的について届出を求めて使用を許可するなどの方法による施設管理権の行使をしていなかつたことからしても、その使用態様につき大幅の自由を認めていたと推定されるのであり、したがつてともかく学生運動遂行のために第二号館に入つた被告人らの本件所為は、施設管理権者たる大学当局の意思には反せず、かえつてその推定的同意が認められる場合に該当するので、建造物侵入にはならないと主張する。
よつて案ずるに、従来も早稲田大学の学生や他の大学の学生達が、各種の学生運動のために、その都度大学当局に使用許可願を出すまでもなく、本件第二号館及び〇二教室に公然出入し時には深夜までそこを使用していた事実もあること、早稲田大学当局もその事情を知りつつ格別これを禁止するような措置をもとらず、結果的にはこれを放任していたことは、記録によつて認められる。しかし大学当局がこのような消極的態度をとつていたのは、あくまでも「通常の態様における学生運動」のための使用であるからであり、本件における如く、学生運動につながるとはいえ、反対派の学生達の身体に対し共同して害を加えこれを前記教室から追い出す意図のもとに多勢で角材等を所持して乱入するような、学園内における学生運動の対立抗争を惹起する如き異常な行動までを認容もしくは放任する趣旨のものでないことは、いうをまたないところであつて、大学の教養を身につけた被告人らにおいてもこのけじめは当然にわかつていた筈である。大学当局が、学生達の建物使用につき、施設管理権に基づいて、一々許可願を徴しなかつたところに、学生達の自治と責任に信頼し、使用態様についてもできるかぎり自由の幅を認めようとする態度が窺われるのであるが、許可願を徴しなかつたのは、施設管理権の行使を怠つたものであり、その反面いかなる態様の使用も可能であり、その推定的同意が認められるというようなことは、学生の自治に対する大学当局の信頼にそむくものであり、到底採用し得ない。論旨は理由がない。
同第二について
所論は本件東京都公安条例は違憲であり、かつその運用も違憲的であると主張する。
しかしながら、本件東京都公安条例が、立法論としての是非はともかくとして、所論の同条例第三条但書の条件付与の条項をも含めて、全体として、違憲とまではいえないことについては、すでに最高裁判所の判例(昭和三五年七月二〇日大法廷)の存するところであり、この判例の理論構成は、関係証拠によつて窺われる現情勢下では、なお維持されるべきものであると考える。しかして、同条例は違憲でないとはいえ、その運用の如何によつては、憲法第二一条の表現の自由の保障を侵す危険を包蔵しないとはいえないので、右条例の運用にあたる公安委員会ないしその下部機関が権限を濫用もしくは誤用し、公共の安寧の保持を口実にして、平穏で秩序ある集団行動又は集団示威運動までを抑圧することのないよう極力戒心すべきことは、同判決の指摘を待つまでもないところであるけれども、具体的に考察して、本件における右条例の運用が違憲であつたことを疑わしめるに足る事情は存しない。すなわち、本件集団示威運動の許可にあたつては、同条例第三条第一項但書第三号の交通秩序維持に関する事項として(1)行進隊形は五列縦隊、(2)だ行進、うず巻き行進等をしない、(3)旗ざお等を利用して隊伍を組まないこと等の条件が付されたのであるが、右条件が、たとえ所論のように、被告人らにおいて予め承諾したものではなく、被告人らは許可書を受け取つてそれに添付されている条件書を見てめ初て知つたのであつたとしても、一一月一三日午後六時から実行予定の集団示威運動に対し、すでに同月一〇日午後二時四〇分過ぎには許可書が交付されているばかりでなく、同条件というのも、関係道路の情況ないしその周辺の交通事情等からみて集団示威行進にあたつて遵守さるべき必要、最少限度の定型的な規制にとどまるものと解せられることに鑑みれば、付せられた条件に対し異議を述べる時間的余裕がないため、やむなく条件をのむほかなく、結局不当に示威運動を抑圧するための条件付与となるとの所論は、原審証人谷翰一の供述に徴してもこれを採用することができない。また所論の「東京都公安委員会の権限に属する事務処理に関する規程」、「東京都公安委員会の権限に属する事務の部長等の事務処理に関する規程」等の内容からみても、公安条例が秘密の規程、通達等によつて隠密の裡に不公正に運用されているとは考えられない。なお都公安委員会が警視庁警備課集会係に、許可申請に対する比較的軽易な、定例的な事項につき、一応の事前交渉ないし行政指導の意味合いにおいて、申請者らと折衝する事務を取扱わせていたことは認められるが、それ以上に公安委員会がその権限を警察機関に実質的に移譲して行使せしめていたとの事実は肯認できない。現に関係証拠によれば、前記警視庁警備課集会係との事前交渉の結果いかんにかかわらず、条例の規定するとおり所轄警察署長に許可申請書を提出し、それが受理されて路線変更のうえ許可された事例も存するのである。そして原審における証人山口紘一の供述その他の証拠をつぶさに検討しても、すくなくとも、本件集団示威運動についてのいわゆる事前交渉が不当な威圧の下に強行妥結されたものと推察すべき資料を発見することはできない。
また所論は、右各違憲の主張は、すでに原審において弁護人からなされたのであるのに、原判決は、これに対する判断を示していないから、刑事訴訟法第三七九条の訴訟手続の法令違反を犯すものであるという。
しかしながら、刑事訴訟法第三三五条第二項にいう「法律上犯罪の成立を妨げる理由となる事実」とは、正当行為、正当防衛、緊急避難、特別法犯における法定の除外事由その他の違法性阻却事由、心神喪失、刑事未成年、期待可能性の不存在その他の責任阻却事由をいうものと解すべきであつて、本件公安条例が違憲であるとの主張は、同法第三八〇条にいわゆる「法令の適用の誤り」には該当するが、右同法第三三五条第二項にいう「法律上犯罪の成立を妨げる理由となる事実」の主張には該当しないと解せられるのである(もつとも同条は、法律上重要な事実に関する当事者の主張が裁判所によつて無視されないことを担保するためのもので、弁論主義的要請に応ずるものである。したがって法令適用が違憲であるというような重要な主張については、右法条の趣旨をふえんし、裁判所としてこれに対する判断を明示することが妥当であると考える)が、かりに所論のように、右違憲の主張が前記法条にいわゆる「法律上犯罪の成立を妨げる事由」に該当するとの立場をとつても、右各違憲の主張の採用できないことは、さきに説示したとおりであるから、原判決が弁護人の違憲の主張に対し判断を示さなかつたことに訴訟手続の法令違反があつたとしても、結局は判決に影響はなかつたことに帰するのである(ちなみに、この判断は黙示の判断で足りるというのが古くからの判例の態度であるが、弁論主義を強調している現行法の下ではこの見解は疑問であるといわなければならない)。論旨はいずれも理由がない。<後略>(樋口勝 関重夫 金末和雄)